選曲と練習設計〜音大・音高受験のための

5/28のコラム 音大・音高受験のためのマリンバ選曲と練習設計|石原慎之助マリンバスクール Audition / Repertoire / Practice Design 石原慎之助| 世界基準の音楽と思考 選曲というのは、告白に似ている。 何を弾くかで、演奏者が何者であるかが見えてしまう。技術の限界も、音楽観も、どれだけ自分と向き合ってきたかも——すべてが、選んだ曲の中に透けて見える。だから選曲は怖い。そして、だからこそ大事だ。 僕がこれまで音大・音高受験の生徒を指導してきた中で、最も多くの時間を費やしてきたのは、テクニックの指導ではなく、この「選曲」と「練習の設計」についてだった。 「弾けそうな曲」を選ぶ罠 受験生がよくやる間違いがある。「自分にちょうど弾けそうな曲」を選ぶことだ。 気持ちはわかる。確実に弾ける曲を選んで、安全に本番を乗り切りたい。でもそれは、受験という場における戦略としては、かなりリスクが高い。 なぜか。審査員は、その楽器のプロだ。毎年何十人もの受験生を聴いてきた耳を持っている。「この子は、この曲を限界まで弾いている」という緊張感は、すぐわかる。余裕のない演奏は、どんなに完璧でも、聴いていて息が詰まる。 「背伸びして届く曲」が、最も演奏者を輝かせる。 技術的に少し上の曲を選び、その曲を自分のものにしたとき、演奏に「空間」が生まれる。その空間こそが、審査員の耳に残るものだ。 受験に向く曲を選ぶ、3つの軸 軸 01 — 技術的な幅が見えること 速いパッセージ、歌うフレーズ、ダイナミクスの差——これらが一曲の中に揃っているものを選ぶ。「この奏者はこれだけできる」を、3〜5分の演奏で伝えなければならない。 軸 02 — 自分の体に合っていること 手の大きさ、腕の長さ、重心のかけ方。マリンバは楽器の幅が広く、音域によって腕の動きが大きく変わる。技術的に難しくても、自分の体の動きと合わない曲は、本番で崩れやすい。…

生徒さんの保護者方にお伝えしたい、たった5つのこと

マリンバの保護者が知っておくべき、たった5つのこと|石原慎之助マリンバスクール For Parents / Practice / Marimba 石原慎之助| 世界基準の音楽と思考 ある秋の夜、僕は一通のメールを受け取った。 送り主は、生徒のお母さんだった。内容を要約するとこうだ。「娘は毎日2時間練習しています。でもコンクールで同じミスを繰り返します。才能がないのでしょうか」 僕はそのメールをしばらく眺めた。コーヒーを一口飲んで、また眺めた。 「才能がない」という言葉の重さについて、僕はいつも考えさせられる。その言葉は、長い廊下の突き当たりにある扉のようなものだ。扉を開ければ、その先には何もない。ただ夜の空気があるだけだ。 でも、本当のことを言うと——才能の問題ではないケースの方が、圧倒的に多い。 01「練習時間」は上達の指標ではない 毎日2時間練習している子が、週3回しか練習しない子に負けることがある。音楽の世界では、これはまったく珍しいことではない。 なぜか。体は「繰り返したこと」を正解として覚えるからだ。間違ったフォームで500回練習すると、その間違いが500回分、神経の奥まで刻み込まれる。時計の針が進めば進むほど、その刻みは深くなる。 正しい方向で積み重ねた1時間は、方向の間違った3時間より、ずっと遠くへ連れていってくれる。 練習量を増やす前に問うべきことがある。「何を練習しているか」ではなく、「どのように練習しているか」だ。 02「本番で崩れる」のは、メンタルの問題ではない 「本番に弱い子」という言い方がある。僕はこの表現があまり好きではない。正確ではないからだ。 本番は、家の練習室の延長ではない。心拍数が上がり、呼吸が浅くなり、重心が少し浮き上がる。筋肉の緊張が変わり、マレットの感触も変わる。普段は自然にできていた動きが、突然ズレ始める。 これは「メンタルが弱い」のではなく、「本番という別環境への対応」の問題だ。 本番に強い子は、緊張しない子ではない。緊張しても崩れにくい体の設計を、日常の練習の中でそっと作っている子だ。「本番でだけ崩れる」という現象の多くは、動作の設計を見直すことで改善できる。精神論は必要ない。 03「良い音」は気持ちではなく、動作から生まれる 「心を込めて弾きなさい」——この言葉を、僕は何千回も聞いてきた。気持ちの大切さは、もちろん理解している。 でも、気持ちだけでは音は変わらない。 良い音は物理だ。マレットが音板を離れるスピード、腕の重さの使い方、脱力の質。それらが正しく整ったとき、初めて「心が伝わる音」が生まれる。逆に言えば、正しい動作を身につければ——普通に弾いているだけで、心がこもっているように聴こえる音が出る。 技術は感情を乗せる器だ。器が正しく作られていないと、どんなに豊かな感情も、客席まで届かない。 04子どもは「直せ」と言われても直せない…

練習を嫌がる子どもに、どう向き合うか

5/27のコラム 練習を嫌がる子どもに、どう向き合うか|石原慎之助マリンバスクール For Parents / Practice / Child Psychology 石原慎之助| 世界基準の音楽と思考 2026年5月28日 「また今日もやらなかった」と、お母さんは静かな声で言った。 怒鳴ったわけじゃない。責めたわけでもない。ただ、疲れていた。毎晩繰り返される同じ会話に、少しずつ、確実に、消耗していた。 子どもは子どもで、別の部屋でテレビを見ていた。 その家の空気を、僕は想像することができる。なぜなら、保護者面談でそういう話を、何十回も聞いてきたからだ。 まず、一つだけはっきり言っておきたい。「練習を嫌がる」のは、やる気の問題ではない。 やる気というのは、霧のような言葉だ。つかもうとすると消える。「やる気を出しなさい」という言葉は、「もっと霧を集めなさい」と言っているのと、あまり変わらない。問題は別の場所にある。 嫌がっているのは「練習」ではなく、「あの感覚」だ 子どもが練習を嫌がるとき、本当に嫌なのは練習そのものではないことが多い。 嫌なのは、うまくできない自分に向き合う時間だ。同じ場所で何度も詰まる。昨日できたのに今日できない。弾けば弾くほど、自分の下手さが浮き彫りになっていく。大人でも耐えるのが難しい体験を、子どもは毎日、練習部屋でたった一人でやっている。 嫌がるのは、当たり前だ。むしろ、それでも楽器の前に座ろうとしている子は、相当に強い。 「できない」が積み重なると、楽器が怖くなる 正しく整理されないまま練習を続けると、「できない体験」だけが蓄積されていく。楽器を見るたびに、その重さを思い出す。練習部屋に入るだけで、体がわずかに緊張する。 楽器が、怖い場所になっていく。 これは意志の弱さでも、才能のなさでもない。体が、正直に反応しているだけだ。嫌な体験と結びついた場所へ、人間は自然と足が遠のく。子どもも大人も、変わらない。 「もっと練習しなさい」だけでは解決しない。量を増やしても、嫌な体験の蓄積が速くなるだけだ。 必要なのは「小さな成功」を設計することだ 僕がレッスンで最初にやることの一つは、その子が「できること」を探すことだ。 どんなに伸び悩んでいる子でも、必ず何かができている。音色が良い子もいる。リズム感が正確な子もいる。表情が豊かな子もいる。それを見つけて、声に出す。…

マリンバの音色は、「叩き方」ではなく「離し方」で変わる

マリンバの音色は、「叩き方」ではなく「離し方」で変わる マリンバの音色は、「叩き方」ではなく「離し方」で変わる|石原慎之助マリンバスクール Teaching / Technique / Marimba 石原慎之助| 世界基準の音楽と思考 あるレッスンの日、僕は生徒たちに同じことを聞いた。 「音を出すとき、何を一番意識してる?」 ほとんどの子が同じ言葉を返してきた。 「ちゃんと叩くこと」と。 そうか、と僕は思った。 そこにあるな、と。 叩くことを考えている間は、離すことを考えていない。離し方を考えていないから、マレットが音板の上に余韻のように触れ続ける。触れ続けるから、音板は自由に震えられない。自由に震えられないから、音が「痩せる」。 「もっと力強く叩けばいい音が出る」—— この思い込みが、音色の問題の9割を静かに、しかし確実に作り出している。 音板は、マレットが去ってから鳴っている 少し物理の話をする。 マリンバは、マレットが音板を「離れた後」に鳴り続ける楽器だ。マレットが触れる瞬間は、物語の始まりに過ぎない。本当の音色は、マレットが去った後の振動の中に宿っている。だから、マレットがどれだけ速く、どれだけ潔く離れるかが、音の全てを決める。 それを知っている子と知らない子では、同じ楽器を同じ力で叩いても、音が全然違う。力で補おうとした子の音は、固く、薄く、どこか遠い場所へ向かって消えていく。知っている子の音は、柔らかく、豊かで、ホールの隅まで滲むように広がっていく。 本当の音色は、マレットが去った後の振動の中に宿っている。 よく鳴る子の手は、少しだけ跳ねる 美しい音を出す子の手をよく見ると、打鍵の瞬間に少しだけ「跳ねる」のがわかる。 正確に言えば、余分な力が抜けているから、重力と反発で自然に戻ってくる。意図して跳ね返らせているわけじゃない。力を入れていないから、戻ってくるのだ。 逆に音色に問題がある子の手は、打った後に「押し込む」形になっている。本人はまったく気づいていない。「普通に叩いているだけです」と静かに言う。そう、だからこそ難しい。 コンクール前になると、音が変わる コンクールが近づくと、生徒の音色が変わる。特に、普段きれいな音を出せている子ほど、変わる。 何が起きているかというと、「うまく弾かなければ」という意識が、静かに体の中に入り込んでいる。肩が少し上がる。腕の付け根が詰まる。マレットが音板から「逃げなくなる」。…

小学生のためのマリンバ練習法|コンクール・音楽受験に直結する上達ステップ

ある日、気づいたことがある。 頑張ることと、上達することは、思ったより別の話だ。 これを言うと少し残酷に聞こえるかもしれない。でも20年以上マリンバを弾いて、何百人もの小学生を教えてきた結論として、これは本当のことだと思っている。 毎日2時間練習している子が、週3回しか練習しない子より下手なことがある。音楽の世界では、珍しくもなんともない話だ。 * * * 「最後まで通す」という、やさしい罠 小学生のマリンバ指導で一番多く目にするのが、「とにかく最後まで通す」練習だ。 気持ちはわかる。通せると達成感がある。お母さんにも聴かせやすい。「今日も頑張ったね」と言ってもらえる。 でもそれは、穴の開いたバケツに水を注ぎ続けているのに似ている。水は確かに注がれている。バケツは確かに動いている。でも、穴を塞がない限り、水は溜まらない。 毎回同じ場所で崩れるのにそのまま最後まで弾く。その練習は上達ではなく、「崩れ方の反復」だ。 人間の体は、繰り返した動きを「正解」として覚える。間違った動きで100回練習すると、その間違いが100回分、骨の奥まで染み込んでいく。体はとても素直だ。嘘をつかない。あなたがやったことを、全部覚えている。 * * * 伸び悩む子に共通する、3つのこと 長年の指導で気づいたことがある。上達が止まっている子には、ほぼ例外なく共通するパターンがある。 1. 「音が出た」を「できた」と思っている 音は出ている。リズムも合っている。なのになぜか音楽に聞こえない——そういう演奏がある。 理由はシンプルだ。音を「叩いている」だけで、音楽を「奏でていない」。音色、力の流れ、フレーズの方向性。それらが揃って初めて音楽になる。音が出ること自体は、通過点に過ぎない。 2. 力んでいる、と自分では気づいていない コンクール前になると、子どもたちは無意識に体を固める。不安が体に出る。すると音が固くなり、手が止まり、テンポが走り、ミスが増える。 面白いことに、速いパッセージで崩れる子の多くは「速く叩こう」としている。逆なのだ。力を抜ける子ほど、速く弾ける。緊張とスピードは、思ったほど仲が良くない。 3. 歌えないまま、弾いている これが一番重要だと思っている。 レッスンでよく聞く。「そのフレーズ、歌える?」…

小学生のマリンバ練習法   |コンクール・音楽受験で 伸びない原因と 正しい練習ステップ

小学生のマリンバ練習法|コンクール・音楽受験で伸びない原因と正しい上達ステップ マリンバ上達ガイド 毎日練習しているのに伸びない。その理由は「練習量」ではありません。 コンクール・音楽受験に向けた小学生のマリンバ上達で、多くのご家庭が直面する「伸び悩み」の本当の原因と、正しい改善ステップをお伝えします。 慎 石原 慎之助 マリンバ奏者・石原慎之助マリンバスクール主宰 「毎日練習しているのに、コンクールで同じミスを繰り返す」 「本番になると突然崩れてしまう」 「音楽受験に向けて何をすればいいかわからない」 このどれかに当てはまるなら、この記事を最後まで読んでください。 原因は才能ではなく、練習の「順番」にあります。 01 練習量を増やしても上達しない、本当の理由 「もっと練習すれば上手くなる」——多くのご家庭がそう考えます。しかし現実には、練習時間を増やしても結果が変わらないケースが少なくありません。 理由はシンプルです。間違った動きのまま練習が積み重なっているからです。 人間の体は繰り返した動きを「正解」として覚えます。ミスが発生するポイントの動きを直さないまま練習を続けると、そのミスがより深く体に染み込んでいきます。 指導を通じて何百人もの生徒さんを見てきた中で、はっきりわかることがあります。上達が速い生徒と遅い生徒の差は、練習の「量」ではなく「何を直しているか」にあります。 指導実例(保護者の許可を得て掲載) コンクール本番の2週間前に来たAさん(小学5年生)は、毎日1時間以上練習しているにもかかわらず、ある一節で必ず音がずれていました。原因は右手の「余分な力み」。それを自覚するためのシンプルなワーク(「歌いながら腕を脱力する」)を1週間続けたところ、本番では自己最高の演奏ができ、その年のコンクールで優秀賞を受賞しました。 02 伸び悩む小学生に共通する3つのパターン 何百人もの生徒さんを見てきた中で、上達が止まる子には共通するパターンがあります。お子さんに当てはまるものはないか、確認してみてください。 1 「音を出すこと」が目的になっている 音を出せている=弾けている、と思い込んでいる状態。動きではなく音の結果だけを見ているので、何がうまくいっていないか自分でわからない。 2 力の入れ方が毎回違う 強い音と弱い音の差がなく全体的に一様になっているか、逆に力みすぎて音が割れている。フォームが固まっていないため、本番で崩れやすい。…

本番だけ崩れる子は、「メンタル」が弱いわけではない。

・本番になると、腕が石になる 本番だけ崩れる子は、「メンタル」が弱いわけではない。 石原慎之助| 世界基準の音楽と思考 本番だけ崩れる子は、「メンタル」が弱いわけではない。 家では完璧に弾けていた。なのに本番になると、速いパッセージへ入った瞬間、急に腕が石みたいに固まる。その理由は、才能でも根性でもない。 そして多くの人は言う。 「やっぱり、自分はメンタルが弱いんです。」 僕は、この言葉を何度も聞いてきた。 でも正直に言う。「本番で崩れるのは、メンタルが弱いから」——この言葉ほど、演奏家を長く、深く、間違った場所へ連れていく言葉を、僕は他に知らない。 地図を間違えたまま、何年も歩き続けるようなものだ。 足は動いている。汗もかいている。 なのに、景色だけが変わらない。 * * * 本番では、身体そのものが”別モード”に入る 本番とは、「家の延長」ではない。身体そのものが、別モードへ切り替わっている。 呼吸は浅くなる。重心は少し浮く。視野は狭くなる。すると、家では自然にできていた動きが、突然ズレ始める。 普段は脱力できていたのに、本番では腕だけに力が集まる。いつも通り振っているつもりなのに、マレットが音板へ刺さる。速くなった瞬間、肩で押し込み始める。 つまり本番とは、「同じ身体」のようでいて、実はまったく別の環境なのだ。それなのに多くの人は、”家で成功した感覚”を、そのまま本番へ持ち込もうとする。腕が固まるのも、指先の感覚が消えるのも、身体としては自然な反応だ。だからまず必要なのは、「自分は弱い」と責めることではない。 * * * 本番に強い子は、「緊張しない人」ではない 結果を出す子も、普通に緊張している。違うのは、「緊張しても崩れにくい身体」を、普段から作っていることだ。 心拍数が上がっても重心が浮かない 指先の感覚が薄れても、腕全体で支えられる 速くなっても肩で押し込まない マレットの軌道が崩れない…

なぜ、私はマリンバの「身体知」を言語化し続けるのか|ブログ設立のご挨拶

・このブログで探求していくこと ・精神論ではなく、「整理」を ・「なんとなくの練習」を終わらせるために なぜ、私はマリンバの「身体知」を言語化し続けるのか ブログ設立のご挨拶 なぜ、僕はマリンバの「身体知」を言語化し続けるのか はじめまして。プロマリンバ奏者の石原慎之助です。長年、日本とヨーロッパの教育現場で、演奏と指導に向き合ってきました。 舞台に立ち、音を追い続け、本番で崩れ、修正し、また舞台へ戻る。 その繰り返しの中で、僕はずっと、ある疑問を持ち続けてきた。 「なぜ音楽の世界は、ここまで“感覚”という言葉で片付けられてしまうのだろう。」 速いパッセージが弾けない。本番になると腕が固まる。マリンバの音色が飛ばない。脱力しているつもりなのに、なぜか肩だけが苦しくなる。 すると多くの場合、「もっと練習しよう」「気合いが足りない」「才能の差かもしれない」——そんな言葉で終わってしまう。 でも、本当にそうだろうか。 * * * 僕自身、本番で思うように身体が動かず、何度も苦しんできた。家では弾けていたのに、舞台に立った瞬間、急に腕だけが重くなる。マレットが音板に刺さる。音を飛ばそうとするほど、逆に音色が痩せていく。 昔の僕は、それを「精神力の問題」だと思っていた。 でも、海外の教育現場で多くの奏者と出会い、その考えは完全に壊された。 本当にレベルの高い演奏家たちは、感覚だけで演奏していなかった。彼らは、異常なほど自分の身体を観察していた。なぜ腕が固まったのか。なぜ本番で重心が浮いたのか。なぜ速くなると音色が荒れるのか。感覚で終わらせず、原因を一つずつ分析していた。 その姿を見た時、僕は強く思った。 演奏とは、魔法ではない。 呼吸、重心、脱力、筋肉、神経の伝達。 それらすべてが関係する、極めて精密な身体運動なのだと。 だからこそ、「なんとなく」を整理し、身体を論理的に理解できれば、演奏は変えられる。僕は、そう信じている。 * * * このブログで探求していくこと このブログは、演奏会情報や教室のお知らせを書く場所ではない。僕が世界中の現場で学び、試し、失敗し、積み上げてきた「身体知」を、できる限りわかりやすく整理していく場所だ。…