ある秋の夜、僕は一通のメールを受け取った。

送り主は、生徒のお母さんだった。内容を要約するとこうだ。「娘は毎日2時間練習しています。でもコンクールで同じミスを繰り返します。才能がないのでしょうか」

僕はそのメールをしばらく眺めた。コーヒーを一口飲んで、また眺めた。

「才能がない」という言葉の重さについて、僕はいつも考えさせられる。その言葉は、長い廊下の突き当たりにある扉のようなものだ。扉を開ければ、その先には何もない。ただ夜の空気があるだけだ。

でも、本当のことを言うと——才能の問題ではないケースの方が、圧倒的に多い。


01「練習時間」は上達の指標ではない

毎日2時間練習している子が、週3回しか練習しない子に負けることがある。音楽の世界では、これはまったく珍しいことではない。

なぜか。体は「繰り返したこと」を正解として覚えるからだ。間違ったフォームで500回練習すると、その間違いが500回分、神経の奥まで刻み込まれる。時計の針が進めば進むほど、その刻みは深くなる。

正しい方向で積み重ねた1時間は、
方向の間違った3時間より、
ずっと遠くへ連れていってくれる。

練習量を増やす前に問うべきことがある。「何を練習しているか」ではなく、「どのように練習しているか」だ。


02「本番で崩れる」のは、メンタルの問題ではない

「本番に弱い子」という言い方がある。僕はこの表現があまり好きではない。正確ではないからだ。

本番は、家の練習室の延長ではない。心拍数が上がり、呼吸が浅くなり、重心が少し浮き上がる。筋肉の緊張が変わり、マレットの感触も変わる。普段は自然にできていた動きが、突然ズレ始める。

これは「メンタルが弱い」のではなく、「本番という別環境への対応」の問題だ。

本番に強い子は、緊張しない子ではない。緊張しても崩れにくい体の設計を、日常の練習の中でそっと作っている子だ。「本番でだけ崩れる」という現象の多くは、動作の設計を見直すことで改善できる。精神論は必要ない。


03「良い音」は気持ちではなく、動作から生まれる

「心を込めて弾きなさい」——この言葉を、僕は何千回も聞いてきた。気持ちの大切さは、もちろん理解している。

でも、気持ちだけでは音は変わらない。

良い音は物理だ。マレットが音板を離れるスピード、腕の重さの使い方、脱力の質。それらが正しく整ったとき、初めて「心が伝わる音」が生まれる。逆に言えば、正しい動作を身につければ——普通に弾いているだけで、心がこもっているように聴こえる音が出る。

技術は感情を乗せる器だ。器が正しく作られていないと、どんなに豊かな感情も、客席まで届かない。


04子どもは「直せ」と言われても直せない

レッスンでよくある場面がある。先生が「そこ、また同じミスをした」と言う。子どもは「はい」と答えて、もう一度弾く。また同じミスをする。

これは子どもが悪いのではない。

「何が間違っているか」は伝わっている。でも「どう直すか」が体に入っていない。問題の所在を指摘するだけでは、体は変わらない。体が変わるのは、「正しい動作のイメージ」が入ったときだ。

「もっとゆっくり」ではなく「息を吐きながら弾いてみて」。「力を抜いて」ではなく「腕の重さを音板の上に落とすように」。言葉一つで、体の反応が変わる。

保護者として子どもの練習を見るときも、同じことが言える。「違う」と言うより、「こうしてみて」と示す方が、子どもの体には入りやすい。


05「伸びない子」は存在しない

これが、15年以上教えてきて、僕が一番確信していることだ。

伸びない子はいない。変わるきっかけが、まだ見つかっていないだけだ。

あのメールを送ってきたお母さんの娘さんは、今年のコンクールで賞を取った。才能が突然開花したわけではない。練習の「向き」が変わっただけだ。方向が正しくなったとき、それまでの積み重ねが一気に花開いた。

子どもの体は素直だ。
正しい方向へ向けてあげれば、
必ず動き始める。

次にやるべきことを、一緒に見つけましょう

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